短編小説・アーロン物語

2003年某月、全てのアーケードゲームをエミュレートするというとんでもないプロジェクト「MAHE」は、佳境にさしかかっていた。ついにプレイソテーションベースゲームのエミュレートを、そのプロジェクトのボス、ニコラス・サルモナーレが決定したからだ。
アーロンは悩んでいた。彼は既に4年前製品版としてプレソテのエミュレータを世に生み出していた。プレソテベースのアーケードゲームをMAHEに導入することは彼にとっては、他愛もないことであった。彼を悩ませていたのは、その製品版エミュレータをリリースした会社、ホネクティックスとの守秘義務契約は、しかし、まだ切れてはいなかったことだ。
「ねぇ、アーロン。ちょっとあたしのMclintosh、調子悪いのよ。見てくれない?」
彼の妻、キャサリン・ジャイルズは彼女のG5・1.8GHzノートコンピュータの前で、左肘をテーブルにつき、困り果てた顔でアーロンの方を向いていた。
「ああ、ちょっと待ってくれ。これを片付けてから…こら!ピート、キーボードに乗っちゃだめだ!あっちへ行ってろ!」
彼の愛猫、ペトロニウスは彼の悩みなどお構いなしだ。もし知っていたとしてもそんなことに気を使う性格のピートではなかった。
「キャシー、ピートにえさはあげたのか?」
不機嫌なMclintoshの原因は大体想像できていたので、アーロンは話をピートにそらしてみた。
「さっきあげたわよ。でも彼ったら、この前セーフウェイで買ってきた缶詰、もう飽きちゃったみたいなの。あなたが選んだのよ、これ」
キャサリンは、ダンボール箱から高級そうな猫が描かれた缶詰を取り出して言った。ダンボール箱にはまだ、1と半ダースほどの缶が残っている。
「でも、マグロ風味は彼の好みのはずだよ。しょうがないな、ほら、ブラッドのところにも猫がいただろう。来週会う約束をしてるから、そのときに少し持っていくよ」
と、彼は胸ポケットからPaln VIIIを取りだし、そのスケジュールを確認した。
気を取りなおしたアーロンは、妻のいるリビングへその重たい体を移動させ、画面に爆弾が出ているMclintoshのリセットボタンへと、おもむろに手を伸ばした。そのとき、ピートが彼のマシンにそそうをしていることも知らずに…
アーロン・ジャイルズ、彼の苦悩は当分終わりそうもない…

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